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「翻刻」といふ言葉の疑問

「翻刻」
 手書きの字を活字にする事を「翻刻」といふのは、良く言へば俗用、悪くいへば誤用である。「釈読」「釈文」といふ言葉の方がふさはしいであらう、といふ論。

★いかがおすごしでせうか。春明は無事四年生になりました。卒業は単位制限の限界を超えれば、出来ると思ひます!三月末に懸賞論文を出しました。結果は七月ごろに出ると思ひます!説文階梯はまうしばしお待ちください。ほんとスミマセン……。★

 写本やら整板本の手書きの字を今の活字に移すのを、俗に「翻刻」といつてゐる。しかし本来「翻刻」といふのは「不許翻刻、千里必究」のやうに、版本を再び彫ることをいふのであつた。覆刻といふのに大体同じい。これは辞書を引いてもわかることである。「不許翻刻」といふのは、本をそのまま写して版を作つて海賊版を出すのを禁じた文句である。それを活字にすることを意味するやうになつたのは、恐らくは活版印刷が始まつて近代以降、写本や刊本を、単行本やら文庫本にして覆刻する意味で「翻刻」といつてゐたのが、その作業が主に手書きの字を活字に移し換へて版にすることであつた事から、そこから、何となく活字本にすることを「翻刻」と辨へるやうになり、やがて、一冊の本にならないで数行や一行単位でも、字を現代の活字にすることを「翻刻」といふやうになつたと思はれる。推測であるが。
 人間の言葉遣ひの意識といふのは自分勝手なもので、何も知らない間は誤用だの転義だの気にしないけれど、一度さういふ事に気づくと、どうもさうした言ひ方が曲がつた物に聞えてきて、使ひたくなくなる。使はれてほしくないと思ふのは、もつとわがまゝであるけれど、人情といふものですね。なので私くしとしてはかういふのを「翻刻」とはいひたくなくなつてゐる。
 では何といふのかといふと「釈読する」といつてゐる。釈読して字起こししたものは「釈文」といふ。(わたくしどもはシャクモンと呼びならはしてゐるがシャクブンでもいいのだらう。)幸ひに辞書にも、「釈文」に、読みにくい筆跡を読み易く直したものといふやうな説明をつけてゐるし、古い書物に「那須国造碑釈文」のやうな言ひ方で、古い碑文を通用の楷書にしたものを呼んでゐる。(早稲田古典籍データベースなどで検索してご覧ください。「経典釈文」のやうな用法の方が古いかもしれないが、それはまあ、別として。)書道の方では、法帖の中の草書や古字の傍に楷書を付けたりしてそれを釈文といつてゐるのである。個人的には、こちらの方が由緒も字面もしつくりくるので、この言葉を使ひたい。
 俗語は俗語で構はないとも言へるけれど、学問の世界では、……「正名」とやうに言つていいのかわからないが、精密な学問を築くといふ意味でも、少し用語に敏感になつてもいいと思ふ。まいて文学なるをや。

説文解字楷梯、発送延期のおしらせ

三年次(入学四年目)の成績が出ました。来年の卒業は、単位の限界を超えれば出来るといふ感じです。古代日本文法のⅠとⅡと日本語学演習がA+だつたのはうれしかつたです。

 さて、説文解字楷梯ですが、申し訳ありません。完成はしたのですが、私くしの用事が一杯々々でありまして、現在製本が間に合つてをりません。知り合ひの方からは既に十人餘りの御希望を頂いてをりますが、何分全て春明が手作業で作つてをります故、暇を取つて制作することができてをりません。
 三月末には投稿論文の締切もありますが、そちらにも手がつけられない状況です 笑
 なので申しわけありませんが、四月以降発送予定といふ形を取らせていただきたいと存じます。三月の中ごろから御注文を受けつけたいと存じます。何卒宜しくおねがひします。

以下に目次を再掲いたします。

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説文解字階梯(仮)といふ本を出す予定です

現在、卒業が危ないといふ傍らで、去る夏休みから説文解字の入門書を作らうといふ計画を進めて参つてをりまして、そろそろ校正の段階に来てるので告知しておきます。

『説文解字階梯』(仮)といふ本を、私家版で、春の内に出すと思ひます。
内容は、説文及び小学の入門といふ事で、説文の用語やら構成やら、注釈書の読み方やらをわかりやすく解説したものです。
まだ試験やらサークルの卒業制作(卒業しないのに)があつて、恐らく、時間が取れず、かたじけないながら、恐らく出来上がりは時期が前後するかもしれませんが、九割方は出来てゐる、といふ事で、一応前持つて告知いたします。値段や売り方などは考へてをりませんが、知り合ひの人は本人に言つてくだされば用意します。

出来上がり次第に、当ブログで掲載いたします。春の内に出せたらいいねといふ感じですかね……。
階梯見本1


階梯見本2

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漢文の使役「使」の用法の覚え書き 附・「所」の用法の一端

 ちよつとした事でも書きつけておけば、誰か見て役に立つかもしれないので記します。これは漢文の使役の「使」の字を「~ヲシテ~セしム」と読むことについて抱いた疑問と、その自分なりの調べ学習の収獲です。結論は、「使」の訓の本意は「シム」の方ではなく「ヲシテ」の方にあるのであらうといふことです。

 説文の序文に訓点を振つてゐたら、次のやうな構文に出食はしてギョッとした。

三曰篆書。卽小篆。秦始皇帝使下杜人程邈所作也。


 これは新時代の書体いはゆる王莽六体の第三の篆書の説明である。小篆を秦始皇が程邈に作らせたといふ話も、程邈が隷書の作者といふ伝説との整合性から問題になるのではあるけれど、今回は述べない。
 問題は「使」と「所」の位置である。普通、日本人の我々は学校の漢文の授業で使役「使」の用法を、「使【甲者】【動作】」で【甲者】に「ヲシテ」を補読して「【甲者】ヲシテ【動作】セ使ム」と読むやうに習ふものだと思ふ。しかしこれには「所」といふ字があるのでそのやうに読むと、

使2下杜人程邈所1v作也。


となり、(訓点は例によつてvが反点、123が一二三点、abcが上中下を表す。)「下杜人程邈ヲシテ作ル所ナラ使ムルナリ」のやうな読みになつてしまふ。

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「幸」の字源は枷の形ではないの論

 この稿では、幸の字源について論じます。結論としては現在の甲骨文説が誤りだといふ話になります。
 まづ、いつからかは分かりませんが(おそらく白川静翁からかと思はれます)、甲骨文学以降、幸の字の字源が甲骨文に見える手枷の象形字で、「死刑だとか悪い処罰が下されるかと思つたら手枷の刑で済む、といふ事から思ひがけない幸せの意味になつた」といふやうに説く説が行はれてゐて、漢字の専門書でもこの説を取つてゐるものが多いですし、テレビやら雑書にも取り上げられて一般でも雑学として知つてゐる人は多いのかと思ひます。本稿ではこれが誤りである事を証したいと思ひます。
 結論の方をいひますと、甲骨文に見える手枷の字は幸福の幸の字とは別の字で、幸福の幸は他の字源を持つた字であるといふ事です。

平成廿九年正月十三日、白川静『説文新義』を調査した結果を追記・補足

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プロフィール

平 春明

Author:平 春明
住まひは神奈川県鎌倉市。東京の渋谷の丘で国文学の勉強をしてゐる学生、はるあきらです。なにくれと勉強した事や、面白かつた事などをかきつらねていきます!
普段から歴史的仮名遣ひですので、こゝでも歴史的仮名遣ひです。
主に、国文学、国語学、日本数学、その他諸々、気に入つた物を紹介していきたいと思ひます。

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