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古典文学輪読会

人の後に次ぎながら、リンクに、友人の宗近君のブログ「天平の風」と、二人で立ち上げた新部活動「古典文学輪読会」のブログを追加しました。
宗近君は国史や有職故実に篤く、マニアックといふ言葉で言つてよいのかわかりませんけれど、よく楽しさうに面白い話をしてくれまして、ブログの記事も、歴史の事を書くと熱暴走するみたいです(笑)実はブログ書き始めたのも彼に触発されてでした。

さて、此度は、我々、大学で、新しく古典文学輪読会といふものを立ち上げました。古典文学、主に雅文といはれる物を中心に見据ゑてをりますが、それを、教室で教へられるのではなく学生らが自ら学ぶといふことを旨として皆で読んで行かうといふ企てです。お茶をしながらよむ、といふのもひとつの旨で、楽しい活動にしていきたいなと思つてをります。ゆるさとまじめさを兼ね揃へた活動です(笑)
只今 部員募集中です。参加資格は興味が少しでもあれば、それで参加できます。実力はあまり関係なく、よめないのをよめるやうになる、といふのが一つの目的でもあります。学内で募つてはゐますが、わたくしとしては、問題の無い限りは、興味のある方なら学校のよその人でも来てほしいとも思つてゐます。なるべく自由にしていきたいので、おとがめなんかが無い限りは学校非公認でやつていきたいです。
どうぞよろしくおねがひします!
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『イスラーム文化―その根柢にあるもの』井筒俊彦

『イスラーム文化―その根柢にあるもの』
井筒俊彦 著


岩波文庫。底本は千九百八十一年、岩波書店刊。わりと新しい。
この底本出版の二年前、千九百七十九年二月に起つたイラン革命を受けて、著者が依頼を受けたイスラムについての講演を元に書かれた。イスラム社会といふのは、それまで日本人は殆ど気にも留まらない、見ず知らずの世界であつた。いま注目を集めるイスラム社会の情勢に対して、これからの日本がイスラム社会の人々とどう付きあへばいいのかを考へる材料として、また支那学やインド学については優れた学問を納めながら、この方殆ど未発展の日本におけるイスラム学といふものを提唱しながら、我々日本人にとつて未知の領域である、イスラム文化とは何なのかを示した啓蒙の書。著者は、岩波文庫でまた、原典訳のコーランを出してゐる。東洋思想の大家である。
イスラーム文化、といふが、歴史や宗教行事、芸術の事が解説されるわけではない。むしろ、さうした、イスラム文化の産物をみるために、大事な視点を提供してくれるものであると思ふ。イスラムといふ文化がどういふ構造なのか、イスラムの人々がどういふ考へに則つてゐるのか、といふのが詳しく説かれてゐる。
この書でいいと思つたのは、何より、イスラムの人々にとつての、イスラムといふものを書き出してゐて、イスラムから見える世界観といふものを説明してゐるところである。異文化の説明といふのには、歴史の事象や文化の産物などを並べて、それを眺める事で共通項的な思想を推し量るといふ手法が多いと思ふのだけれど、この書では、イスラムといふ思想や文化の生れた根本の理由を追求し、イスラムにとつて物事がどう見えるのか、イスラムではどんな事を考へるのか、といふやうな事を鑑みて、外から見えるイスラムの見え方ではなくイスラムの内からの見え方、イスラムの立場に立つた視点を大事にすることによつて、イスラムのイスラムたる理由の根柢を説明しようと試みてゐる。
 たとへば、イスラム教の根本には造物主たる神を唯一絶対としてこれを認める思想があつて、イスラム教の開祖ムハンマドが、他の多神教的な神の類ひを価値の無い者として否定してゐること(これも本書によれば理由のある事であつて、たゞ徒らに他者を攻撃してゐるわけではないらしい)を説明したあと、キリスト教の三位一体論と比較して、

「ですから三位一体論など成り立とう道理がありません。父と子と聖霊、イスラームではキリスト教のこの三位一体を神とイエスとマリアの三位一体と解釈するのですが、とにかく三位一体の「三」をどう解釈するにせよ、とにかくこのようなコンテクストで三という数を持ち込んでくることは許しがたい冒瀆だと考えるのであります。キリスト教本来の解釈によるにしても、またイスラーム的解釈によるにしても、キリストそのものに神性を認めなければ三位一体は成立しないわけですが、イスラームによれば、キリストに神性を認めることは絶対に許されません。イスラームから見れば、これほど神の唯一性を傷つけることはないのであります。」

といふ。かく「イスラームから見れば」といふやうに、イスラムの視点に立つて説明されてゐるのが大変親切で、これが彼らの心を知る大きな手がかりになると思ふ。比較するにしても表面的な事象の突き合はせではなく、その相異の根本を探り理由を明すことによつて、すなはち、そこにイスラムのイスラムたるゆゑんが示されてゐる。
説明がとても分りやすく、内容も興味深く面白い。イスラム世界といふのは、殊に我々が偏見を多く持つてゐる所だと思はれるが、この書はそんな我々の偏見を取り除いて、見える世界を広げてくれると思ふ。最近も中東の世界の事が話題になる事は多く、これからの時代、彼らの事を理解し付き合つていくためにも大変重要な書物になると思ふ。

『職原鈔』北畠親房

職原鈔は、北畠親房の著した、官職についての解説書といつたら、おそらく大方はあたつてゐると思ふ。(「鈔」は「抄」とも書かれる。「抄」は「鈔」の俗字とか。)
北畠親房は、いはゆる南北朝時代、南朝の公卿である。「大日本は神國なり」ではじまる、その著『神皇正統記』も有名である。すなはち、日本の日本たる所以は、日本が天地開闢以来の「神の国」であることにあると表現したのである。これが親房の思想の中核であるやうだ。(まだ神皇正統記は読んでゐないが……) それは、武家時代、南北朝時代といふ混沌とした社会の中で、平和を求めた志し高い者が、歴史の中に、日本といふ国のあるべき姿を斯く見出したといふ所であつたと思ふ。
職原鈔の内容は至つて簡単で、たゞひたすら、左大臣・右大臣だとかカミ・スケ・ジヤウ・サクワンとかいつた官職の制度を列挙して、それにその官職の由来や決まり、沿革を記してゐるだけである。
奥書きに云ふ。
「或人 官位昇進之次第を聞かんと請ふ。口實に傳へんと欲すれば、臆説に似たるべし。手澤に貽さんと欲すれば、來者に慙る有り。予 俗塵を出でて已に十年の寒暑を移せり。况んや逆旅に在り。一卷の文書を蓄へず。每事荒忽として恰も盆を蒙るが如し。上章執徐の春。夾鐘候豫の日。強ひて翰を染めて、聊か以て卷を終ふ。餘習に引かれて後嘲を顧ざるのみ。」
「或人が親房卿に就いて、官位昇進の次第を教はらうと請うた。それで、口伝へで教へてはその説も確かでないので、物に書きしたゝめてその根據を書きのこしておかうと思ふ。しかし旅中の作だから、後に見る人には見ひがめられる所もあらう。俗世を去つて出家してから既に十年、しかも今は旅中にあれば、書物の一つもなく、たゞおぼろげな記憶が頼りである。人の頼みなのでことわりもせず、無理に筆を起して、興国元年春二月下旬、書き終へた。たゞ、赴くままに書いたので、後の嘲りをも顧みないだけだ。」
(拙訳。とても粗い訳ですが、おほかたはこんな感じだと思ひます。御容赦願ひたし)
神皇正統記と大体同時期に出来たらしいが、その内容を細かくみると、「この官位にはかくかく然々の由来や習はしがあつたのに、近頃は、本来あるべき官位のしくみに適つてゐない。」といふやうな評が多く加へられてゐる。何かで聞いたが―何で聞いたか忘れてしまつて面目ないが―「中世は、既に官位の制度が乱れてゐて賎しい身分や本来任を受ける資格の無い者がその官位に就いたり、個人の好き勝手で官名を名乗つたりする事が横行してゐて、その官位の意味や意義が全く忘れられてしまつてゐた。この書は、それを憂へて、官位とは皆、古い由来・根據があるのであつて、皆、天皇の恩寵によるものなのだといふ、親房の思想の主張によつて書かれてゐる」といふやうな事を聞いたことがある。さう思つて読んでみると、確かに、所々の文にそんな嘆きがこめられてゐるのを感じる気がする。
簡単なので、官職制度について一通り知るために、さらつと読み通すのにも適してゐると思ふ。官職の解説は、近代の著作では和田英松著『官職要解』なんかが良いらしい。
親房卿の思想として読んでみても、まだ、これだけでは分からないやうなので、そのうちに神皇正統記も読みたい所である。

かぜさわぐ

かぜさわぐをちの外山に雲はれてさくらにくもる春の夜の月
源實朝

萬葉集研究遺蹟(鎌倉市・妙本寺)

鎌倉市大町、妙本寺の境内に「萬葉集研究遺蹟」と記された史跡碑がある。
萬葉集研究遺蹟

萬葉集研究遺蹟
此地ハ比企新釋迦堂即將軍源賴家ノ女ニテ將軍藤原賴經ノ室ナル竹御所夫人ノ廟ノアリシ處ニテ當堂ノ供僧ナル權律師仙覺ガ萬葉集研究ノ偉業ヲ遂ゲシハ實ニ其僧坊ナリ令夫人ノ墓標トシテ大石ヲ置ケルハ適ニ堂ノ須彌壇ノ直下ニ當レリ堂ハ恐ラクハ南面シ僧坊ハ疑ハクハ西面シタリケム西方崖下ノ窟ハ仙覺等代々ノ供僧ノ埋骨處ナラザルカ悉シクハ萬葉集新考附録萬葉雜攷ニ言ヘリ
昭和五年二月 宮中顧問官井上通泰撰
菅 虎雄書
鎌倉町青年團建碑
(「令夫人」は「今、夫人」かもしれない、如何。「攷」は「考」に同じ)
妙本寺
 鎌倉町青年団といふ団体によつてこのやうな史跡碑が大正期、町内に多く建てられたやうである。この碑は、昭和五年と割と新しいが、他の大正期に建てられたものと比べると、彼の碑文の字の纖細なのに対して、これは随分と粗いやうに見える。何かあつたのだらうか……。書家の菅虎雄は、独語学者、漱石の親友にして、芥川龍之介、菊池寛などの師であつたといひ能書家であり、漱石の墓碑銘をも書いてゐるといふ。
 さて、仙覺律師であるが、彼は鎌倉時代の天台宗の僧で、碑の通り萬葉集の研究をして『萬葉集註釋』を著した人である。
 そもそも萬葉集の研究においてその領域の大部を占めるのが、訓みの研究である。漢字の不可解な並びから書写者が書き記さうとした和歌の姿を解き明すのである。凡そ近世以前の萬葉集の訓みの研究の成果には、古点・次点・新点といふ三つがある。そのうち、新点と呼ばれるのが、仙覺律師の研究で提唱された訓み方である。(この三点の由来を詳らかにいふと、まづ、村上天皇天暦年中、広幡の女御の勧めによつて梨壷の五人((源順・大中臣能宣・清原元輔・坂上望城・紀時文))に詔し給うて訓点を加へしめたのが「古点」。次には、大江佐國・藤原孝言・大江匡房・源國信・源師賴・藤原基俊らがおのおの訓点を加へた「次点」。そして三つめに、権律師・仙覺が訓点を加へた「新点」がある。)新点は、江戸時代には萬葉集の板本にも採用されて広く用ゐられた。(『萬葉集古義』総論より)
 仙覺は当時訓みの分らなくなつてゐた百五十二首に訓みを施して、殊に東歌の解読に於て見るべき創見を加へたといふ。『萬葉集註釋』は、断片的に伝はつてゐた諸本を校合して(かんがへあはせて)できた、萬葉集の史上初ての本格的なまとまつた註釈であり、これによつて萬葉集の全体像が後世までつたへられてきたに至つたといふ。(仙覚万葉の会のウェブサイトより)
 仙覺の万葉研究といひ、實朝公の万葉調といひ、鎌倉時代には、東国の人々が万葉をよく愛したやうだ。
 ちなみに、この地には、ほかに日蓮上人の事がたゝへられてゐる。こつちの方が有名。
プロフィール

平 春明

Author:平 春明
住まひは神奈川県鎌倉市。東京の渋谷の丘で国文学の勉強をしてゐる学生、はるあきらです。なにくれと勉強した事や、面白かつた事などをかきつらねていきます!
普段から歴史的仮名遣ひですので、こゝでも歴史的仮名遣ひです。
主に、国文学、国語学、日本数学、その他諸々、気に入つた物を紹介していきたいと思ひます。

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