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萬葉集研究遺蹟(鎌倉市・妙本寺)

鎌倉市大町、妙本寺の境内に「萬葉集研究遺蹟」と記された史跡碑がある。
萬葉集研究遺蹟

萬葉集研究遺蹟
此地ハ比企新釋迦堂即將軍源賴家ノ女ニテ將軍藤原賴經ノ室ナル竹御所夫人ノ廟ノアリシ處ニテ當堂ノ供僧ナル權律師仙覺ガ萬葉集研究ノ偉業ヲ遂ゲシハ實ニ其僧坊ナリ令夫人ノ墓標トシテ大石ヲ置ケルハ適ニ堂ノ須彌壇ノ直下ニ當レリ堂ハ恐ラクハ南面シ僧坊ハ疑ハクハ西面シタリケム西方崖下ノ窟ハ仙覺等代々ノ供僧ノ埋骨處ナラザルカ悉シクハ萬葉集新考附録萬葉雜攷ニ言ヘリ
昭和五年二月 宮中顧問官井上通泰撰
菅 虎雄書
鎌倉町青年團建碑
(「令夫人」は「今、夫人」かもしれない、如何。「攷」は「考」に同じ)
妙本寺
 鎌倉町青年団といふ団体によつてこのやうな史跡碑が大正期、町内に多く建てられたやうである。この碑は、昭和五年と割と新しいが、他の大正期に建てられたものと比べると、彼の碑文の字の纖細なのに対して、これは随分と粗いやうに見える。何かあつたのだらうか……。書家の菅虎雄は、独語学者、漱石の親友にして、芥川龍之介、菊池寛などの師であつたといひ能書家であり、漱石の墓碑銘をも書いてゐるといふ。
 さて、仙覺律師であるが、彼は鎌倉時代の天台宗の僧で、碑の通り萬葉集の研究をして『萬葉集註釋』を著した人である。
 そもそも萬葉集の研究においてその領域の大部を占めるのが、訓みの研究である。漢字の不可解な並びから書写者が書き記さうとした和歌の姿を解き明すのである。凡そ近世以前の萬葉集の訓みの研究の成果には、古点・次点・新点といふ三つがある。そのうち、新点と呼ばれるのが、仙覺律師の研究で提唱された訓み方である。(この三点の由来を詳らかにいふと、まづ、村上天皇天暦年中、広幡の女御の勧めによつて梨壷の五人((源順・大中臣能宣・清原元輔・坂上望城・紀時文))に詔し給うて訓点を加へしめたのが「古点」。次には、大江佐國・藤原孝言・大江匡房・源國信・源師賴・藤原基俊らがおのおの訓点を加へた「次点」。そして三つめに、権律師・仙覺が訓点を加へた「新点」がある。)新点は、江戸時代には萬葉集の板本にも採用されて広く用ゐられた。(『萬葉集古義』総論より)
 仙覺は当時訓みの分らなくなつてゐた百五十二首に訓みを施して、殊に東歌の解読に於て見るべき創見を加へたといふ。『萬葉集註釋』は、断片的に伝はつてゐた諸本を校合して(かんがへあはせて)できた、萬葉集の史上初ての本格的なまとまつた註釈であり、これによつて萬葉集の全体像が後世までつたへられてきたに至つたといふ。(仙覚万葉の会のウェブサイトより)
 仙覺の万葉研究といひ、實朝公の万葉調といひ、鎌倉時代には、東国の人々が万葉をよく愛したやうだ。
 ちなみに、この地には、ほかに日蓮上人の事がたゝへられてゐる。こつちの方が有名。
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プロフィール

平 春明

Author:平 春明
住まひは神奈川県鎌倉市。東京の渋谷の丘で国文学の勉強をしてゐる学生、はるあきらです。なにくれと勉強した事や、面白かつた事などをかきつらねていきます!
普段から歴史的仮名遣ひですので、こゝでも歴史的仮名遣ひです。
主に、国文学、国語学、日本数学、その他諸々、気に入つた物を紹介していきたいと思ひます。

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