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『活語新論』井上淑蔭

井上淑蔭(いのうへよしかげ)
文久三年 序
澤田一齋・井上文雄 序
十九丁(広告・奥付除く) ……澤田序二丁・井上序二丁・本文十五丁
電子図書 ……古典籍総合データベースhttp://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ho02/ho02_00453/index.html

活語とは、活用する語つまり用言。今いふ活用語を活語といつた。
これは、本居宣長・本居春庭・義門の流れに築かれた活用研究に対する批判の書である。その批判の内容は、語学において格(言語法則)を設けることについてである。
用言の活用研究の基本は分類することである。本居宣長は、係結びを考へ、辞によって結びの形が今いふ終止形・連体形・已然形の三つに、法則的に決まることを明かにし、その辞と結びとの一定の関係を整理した。本居春庭は、およそ用言は四種の活用(四段・中二段・下二段・上一段)に分類されるとし、これを正格として、またその例に漏れる変格といふものを考へた。しかし、学者はこのやうな分類によつて「正格」「変格」を定めることで、古代の文章さへも、学者が後から設けたに過ぎない「正格」といふ名目に押しこめようとし、その正格に当てはまらないものを、文法的な「異例」「誤り」といふ事に決めつけるやうになつた。著者は、ここから問題を発する。

以下、梗概及び解説。

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『詞八衢』本居春庭

詞八衢(ことばのやちまた)
本居春庭 著。文化三年序。上下二冊。

原著に加へて、清水浜臣・岡本保孝が標註を入れ、加部嚴夫の校正した明治十三年の『増補標註詞八衢』とさらにそれを大和田建樹が再訂した明治二十七年の第二版がある。他にも多くの末書があるが、折があれば触れたい。

言葉の活用といふものの研究を大成した書物。近世の活語(活用語)研究の基礎となつたものである。
本居春庭は本居宣長の実子であるが、はじめに、宣長の手稿『御国詞活用抄』(みくにことばかつようせう)による活語研究があつた。この宣長の活語研究は、学派の中で受けつがれて鈴木朖の『活語断続譜』(かつごきれつゞきのふ)や春庭の『詞八衢』を生んだのであつた。その両者で八衢の方が受け入れられたのは、ひとつに流通の事情といふのがある。鈴木朖の『活語斷續譜』は写本によつて伝はり、江戸末期には柳川春三によつて同じく鈴木朖の語学書『言語四種論』と合冊で『柳園叢書』の第一冊として出版されたが、それも八衢の普及後である。八衢は、刊本として廣くよまれたが、それもたゞ売れたといふだけの理由ではない。活用の分類はよく整理され、その原理は明解に解かれ、実例が綿密に考証されてゐるのであつて研究内容としても他に比べて大に優れてゐるのであつた。近世の活語学の隆盛は殆ど八衢の恩恵をうけて成つたものといふことができるが、そして、今の我々の使ふ文法も八衢流の末に位置してゐるのである。
八衢では、活用の種類を活語の下に受けるテニヲハによつて、四種の活用形に分類してゐる。この四種の活用といふ分類が活用の法則を明解にしたのであつた。それは次の通りである。
 四段の活・一段の活・中二段の活・下二段の活
四段の活(はたらき)は、「飽く」では「あかン・あき・あく・あけ」とはたらく、今我々が学校で学ぶものに照らせば四段活用に等しい。一段の活きは「着る」では「き・きる・きれ」と活く、今の上一段活用。中二段は「起く」では「おき・おく・おくる・おくれ」と活く、今の上二段活用。下二段は「受く」では「うけ・うく・うくる・うくれ」と活く、今の下一段活用。
詞八衢四種活用圖(八衢の四種の活用の図)

また、「變格の活」と呼び、「來(くる)」「爲(する)」「往(いぬる)・死(しぬる)」を挙げる。ラ行変格「あり」については、ラ行四段に入れてゐるが、「四段の活の第四の音けせてへめれよりらりるれと活くあり」といふ事について、つまり今の助動詞「り」の活きについて、これを四段のやうではあるが、四段活用とはできない、と活用を分類しかねてゐて、気づきげである(上巻十二ウ)。形容詞の活用についてははつきりとのべてゐないやうである。「蹴る」の下一段は考へられてゐない。
上下冊に亘つて内容の殆どは、各行・各活用について、活用語を挙げて、その語をその活用に分類する根據を出典を挙げて證明することに尽されてゐるが、一語々々に対するその調査の精かさには圧倒される。
八衢自体には、いくつも疑ひや誤りがあるのは免れ得ない。しかし、後人を触発させてその疑ひや誤りを訂正せしめたのも、八衢の学界に対する大きな影響力がさう仕向けたのによるのである。
春庭の語学研究には、これに続いて『詞通路』(ことばのかよひぢ)がある。そして、春庭の研究を受けついでその修訂をし、活語学を大に整理発展させたのが、僧の義門であつた。
春庭の『詞八衢』成立を追つたノンフィクション、足立巻一の『やちまた』は、大変面白くぜひともお薦めしたい。一緒に読めば感慨一層深いものがあるであらう。
足立巻一やちまた(足立巻一『やちまた』)

『日本文典唱歌』大和田建樹

原本の写真は近代デジタルライブラリーにある。(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/855676
ただし序のページが抜け落ちてゐるやうである。

「汽笛一聲新橋を 早わが汽車は離れたり 愛宕の山に入り殘る 月を旅路の友として」といふ歌ひ出しの鉄道唱歌で知られる大和田建樹であるが、彼は明治初期の国文学者で、歌をよくのこし、また様々な唱歌の作詞をして親しまれてきた。
「日本文典唱歌」は、その大和田建樹が、七五調の歌によって国文法を習得するための便として作つたものである。諳記を歌によつて覚えやすくするといふ方法は古くからあり、かつては数学の公式さへ和歌にして詠まれたことがある。鉄道唱歌もまた、地理教育といふ文字を名に冠して流布されたものである。
作曲は、「夏は来ぬ」(佐佐木信綱)や「菅公の歌」(中邨秋香)の小山作之助で、他の大和田建樹の歌の作曲にも多く担当してゐる。

この唱歌の文典は、おほかた大槻文彦の文法によつてゐるやうである。今の我々の用ゐる文法とは用語や説明などのちがふものがあるのに注意されたい。
全体的にはなにとなく散漫で覚え憎い心地もするが、面白い所は、文章の調子が口や耳に心地よく、それでゐて文法の一括した説明となり得てゐる所で、かやうな所に、大和田建樹の才能がよく現れてゐると感心する。たとへば、副助詞「すら」「だに」「さへ」の説明には

七二 「鳥すら藝はあるものを」「おもふ心の一つだに 成らば錦の花をさへ 添へんとまでは願ふまじ」


また願望の終助詞では

八一 「ゆきてみてしが梅の花」 「訪ふ人もがな我庵」 「翔りてしがな」「翼もが」 「われに貸すべき鳥もがも」


かやうな調子である。

以下に全文を写す。たゞし、ふりがなや圏点は已むを得ず施さなかつた。

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『平安朝文法史』山田孝雄

平安朝文法史
山田孝雄 著
明治四十年一月脱稿 大正二年五月初版序 昭和二十七年七月十七日改版序

平安朝の文法の実態を、実例の引証によつて示す。『奈良朝文法史』の続篇。
改版には附録の「奈良朝文法史補遺」を欠く。

緒言

本書はもと奈良朝文法史と合せて一書をなせるものにして、奈良朝文法史の序論は即ち日本文法史通論の序説として本書にも關せるものなり。かくて又本書の所説の奈良朝文法史に説けるところを受けて、別に説明を加へざるもの少からず。本書はかくの如く奈良朝文法史と密接の關係あるものにして、相待ちて一書の内容を具せるものなり。書中往々前編の語あるは即奈良朝文法史をさせるなり。之を印刷に附するにあたり、讀者の便をはかりて、別册となし、新に名を命じて、奈良朝文法史、平安朝文法史と題す。されば、又奈良朝文法史の緒言に述べたるところは、又この書の爲にせりと目して可なり。

本書は一面よりいへば、又著者の日本文法論を前提として之を史的に設けるものたり。この故に、範疇の意義性質等は之を日本文法論に讓りて、述べざるところ尠からず。この書を執りて、その理論的研究を觀んと欲せらるゝ人は、日本文法論に就かれむことを請ふ。

本書に引用する書名もまた前編の如く、世上慣用の例による。たとへば、「源」は源氏物語、「土佐」は土佐日記の如し。類似の名あるものは特に之を區別すべき文字を加ふ。たとへば、「伊集」は伊勢集、「伊語」は伊勢物語なるが如し。一書中の篇次は之を加へ示し名あるものはその名を示す。たとへば「枕、一」「蜻蛉、上」「源、桐壺」の如し。

本書附録として、「平安朝語と現代語との文法比較一覽」を載せたり。これ一は、便覽の爲、一は、平安朝文法の必しも今の文法と一致せざるを示さむとてなり。但し、大要をあぐるに止まりて、詳密に立入ることを得ざるは、附録としての性質上止むを得ざるところなり。

本書附録として更に奈良朝文法史補遺を載す。これ奈良朝文法史刷了後載すべきか否かの點につきて志定まらざりしものなるが、本書刷了に近づきて、遂に志を決して附載せるものなり。その趣旨はその序に述べたれば再びいはず。

本書の脱稿は明治四十年一月にあり。今之を世に公にするに至りし事情は、奈良朝文法史の緒言に載する所に同じ。

大正二年五月 著者識



以下、改版の目次。

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『ことばのたまのを』本居宣長

『ことばのたまのを』 「詞玉緒」「詞瓊綸」などとも書く。
本居宣長 著。安永八年十二月六日 自序
原書の電子版(早大図書館 古典籍総合DB) ホ02-00543 ホ02-05407 ホ02-05599 ホ02-00143 ホ02-04815 文庫30-e0237

はじめに『てにをはひもかゞみ』といふ活用と係結の法則を一覧にした表を出版してをり、これはその解説書としての体裁となつてゐる。テニヲハ、つまり、いはゆる助詞・助動詞の類ひの法則や用法を解説した書である。
内に、用言の活用の法則や係辞びの法則を明確にしてをり、また、語学書として内容がよくまとまつてゐるために世に広く行はれた。後学への影響も多く、国語学に一線を画した点において国語学史上重要な書物とされる。宣長翁の数ある業績の中の重大なものの一つでもある。その子 本居春庭は、父の業績を受け継ぎ、活用の法則を大成し、『ことばのやちまた』を著した。これも重要な書物である。

まづ総論において、テニヲハは神代の昔から整つた法則があつて、昔は自然誤ることも無かったが、時代の降るに従ひ乱れてきたことをいひ、その故に、その法則を教へ諭して今の詠歌作文のテニヲハの誤りを正さうとしてこの書を著したといふ動機をいふ。
次に、国語のテニヲハと漢文の助字との一見似てその実は非なる点を説く。テニヲハの持つ、助字との大きな違ひといふのは、テニヲハには本末の整へがあること、いはゆる係結びである。たとへば、「もの」の「こひし」い事を文章にいふとき、「もの」といふ言葉と「こひし」といふ言葉とをテニヲハでつなげて文章を為すが、そのつなげるテニヲハの種類によつて「こひし」といふ言葉の尻の結びが変るのである。「は」といへば「ものはこひし」とシで結び、「ぞ」といへば「ものぞこひしき」とキで結び、「こそ」といへば「ものこそこひしけれ」とケレで結ぶ、といふ類である。この変化は勝手なものではなく、法則がある、といつて、第一巻ではその法則の根據として八代集を中心とした歌を取り上げて証明してゐる。
係結びの法則の内容自体には後代に様々議論があつて、多少の変化はあるが、古今に恒つての基本は、こゝで殆んど備はつたといへる。
彼は、まづ、結びをいはゆる終止形・連体形・已然形の三つに分類し、それに結びとなるテニヲハをそれゞゝに当てはめてゐる。
 ○終止形で結ぶものは「は」「も」「徒」。「徒」(たゞ)といふのはたとへば「ものこひし」といふやうにテニヲハのないのをいふ。
 ○連体形のものは「ぞ」「の」「や」「何」。今の文法では「の」がなく「なむ」があつたと思ふ。「何」といふのはテニヲハではなく「なに」とか「など」「いかに」「たれ」といつた疑ひの言葉が上に来る場合をいふ。
 ○已然は「こそ」。
この三條としてゐる。(ちなみに、終止・連体といつたやうな活用形の名はまだなく、といふよりも、活用の種類や規則もまだ定つてゐなかつたが、彼のこの分類が、おそらく、後の春庭翁などによる活用形分類の出発点になつたかとも思はれる。)
三巻以降は、あらゆるテニヲハの意味や用法を証明となる歌を引いて解説する。七巻には、古風の部に、記紀萬葉といつた上代の歌文の独特な言葉遣ひの解説をし、文章の部に、歌の言葉遣ひとは違つた文章の言葉遣ひを解説する。
本書は、解説よりもむしろ引用した用例の分量の方が多いが、用例が多くあることで、語の感覚がわかり、合点が行きやすく、歌や文章の学習に有益である。

後にはこの書の後を追ふ語学書が多く出たが、中にも詞玉緒を解説・補正などしたものがあるので合せて読みたい。

(参考)本居宣長記念館『詞の玉緒』

以下、目録

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プロフィール

平 春明

Author:平 春明
住まひは神奈川県鎌倉市。東京の渋谷の丘で国文学の勉強をしてゐる学生、はるあきらです。なにくれと勉強した事や、面白かつた事などをかきつらねていきます!
普段から歴史的仮名遣ひですので、こゝでも歴史的仮名遣ひです。
主に、国文学、国語学、日本数学、その他諸々、気に入つた物を紹介していきたいと思ひます。

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