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『イスラーム文化―その根柢にあるもの』井筒俊彦

『イスラーム文化―その根柢にあるもの』
井筒俊彦 著


岩波文庫。底本は千九百八十一年、岩波書店刊。わりと新しい。
この底本出版の二年前、千九百七十九年二月に起つたイラン革命を受けて、著者が依頼を受けたイスラムについての講演を元に書かれた。イスラム社会といふのは、それまで日本人は殆ど気にも留まらない、見ず知らずの世界であつた。いま注目を集めるイスラム社会の情勢に対して、これからの日本がイスラム社会の人々とどう付きあへばいいのかを考へる材料として、また支那学やインド学については優れた学問を納めながら、この方殆ど未発展の日本におけるイスラム学といふものを提唱しながら、我々日本人にとつて未知の領域である、イスラム文化とは何なのかを示した啓蒙の書。著者は、岩波文庫でまた、原典訳のコーランを出してゐる。東洋思想の大家である。
イスラーム文化、といふが、歴史や宗教行事、芸術の事が解説されるわけではない。むしろ、さうした、イスラム文化の産物をみるために、大事な視点を提供してくれるものであると思ふ。イスラムといふ文化がどういふ構造なのか、イスラムの人々がどういふ考へに則つてゐるのか、といふのが詳しく説かれてゐる。
この書でいいと思つたのは、何より、イスラムの人々にとつての、イスラムといふものを書き出してゐて、イスラムから見える世界観といふものを説明してゐるところである。異文化の説明といふのには、歴史の事象や文化の産物などを並べて、それを眺める事で共通項的な思想を推し量るといふ手法が多いと思ふのだけれど、この書では、イスラムといふ思想や文化の生れた根本の理由を追求し、イスラムにとつて物事がどう見えるのか、イスラムではどんな事を考へるのか、といふやうな事を鑑みて、外から見えるイスラムの見え方ではなくイスラムの内からの見え方、イスラムの立場に立つた視点を大事にすることによつて、イスラムのイスラムたる理由の根柢を説明しようと試みてゐる。
 たとへば、イスラム教の根本には造物主たる神を唯一絶対としてこれを認める思想があつて、イスラム教の開祖ムハンマドが、他の多神教的な神の類ひを価値の無い者として否定してゐること(これも本書によれば理由のある事であつて、たゞ徒らに他者を攻撃してゐるわけではないらしい)を説明したあと、キリスト教の三位一体論と比較して、

「ですから三位一体論など成り立とう道理がありません。父と子と聖霊、イスラームではキリスト教のこの三位一体を神とイエスとマリアの三位一体と解釈するのですが、とにかく三位一体の「三」をどう解釈するにせよ、とにかくこのようなコンテクストで三という数を持ち込んでくることは許しがたい冒瀆だと考えるのであります。キリスト教本来の解釈によるにしても、またイスラーム的解釈によるにしても、キリストそのものに神性を認めなければ三位一体は成立しないわけですが、イスラームによれば、キリストに神性を認めることは絶対に許されません。イスラームから見れば、これほど神の唯一性を傷つけることはないのであります。」

といふ。かく「イスラームから見れば」といふやうに、イスラムの視点に立つて説明されてゐるのが大変親切で、これが彼らの心を知る大きな手がかりになると思ふ。比較するにしても表面的な事象の突き合はせではなく、その相異の根本を探り理由を明すことによつて、すなはち、そこにイスラムのイスラムたるゆゑんが示されてゐる。
説明がとても分りやすく、内容も興味深く面白い。イスラム世界といふのは、殊に我々が偏見を多く持つてゐる所だと思はれるが、この書はそんな我々の偏見を取り除いて、見える世界を広げてくれると思ふ。最近も中東の世界の事が話題になる事は多く、これからの時代、彼らの事を理解し付き合つていくためにも大変重要な書物になると思ふ。
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プロフィール

平 春明

Author:平 春明
住まひは神奈川県鎌倉市。東京の渋谷の丘で国文学の勉強をしてゐる学生、はるあきらです。なにくれと勉強した事や、面白かつた事などをかきつらねていきます!
普段から歴史的仮名遣ひですので、こゝでも歴史的仮名遣ひです。
主に、国文学、国語学、日本数学、その他諸々、気に入つた物を紹介していきたいと思ひます。

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